カテゴリー「art」の記事

2010年2月27日 (土)

『きれいな病気』

『きれいな病気』








・これらの小説は中心をもたない。
 空っぽの"きれいな"小説。
 もし"それ"があったとしてもおフランス人の誰かが言ったような"空虚な中心をもつ東京という都市"のような"それ"。(本当かな?)

・これらの小説にはおびただしいと言いたくなる程の登場人物(彼や彼女達は皆スノッブ・レースの競技者達だ)が出てくるがその中に主人公はいない。主人公は東京であり ロス-アンジェルスでありN.Y.でありそして昔の上海でありそしてその都市の"きれいな "病気から立ち登るきれいな腐臭。都市の冷たい性器から漂うかぐわしい匂い。体温は、ない。

・本を開くと人間達は、10年前なら"倒錯的"と言われたような性行為をおどろくほど淡々とくりひろげている。
 彼らは"きれいな病気"の患者だ。
 男根は男の尻にねじこまれ、女はびんたをくらいながらあえぎ、というような。愛もなく嫉妬も葛藤もあんまりないセックス。まるで欲望だけが生きる証であるような。欲望の機械のような。

・ハウス・ミュージックのようなセックス。ハウスもまた中心をもたない。誰が創っても誰のものでもない音楽。音の中にあるのは享楽とエクスタシーと絶望だけ。やっぱり昔のフランス人の誰かが"エクスタシーと死は似ている"と言ってたっけ。

・"きれいな病気"はやさしくて恐い病気だ。私達は今、他の人間を(もしかすると自分も?)愛することが困難な具合になっている。でもこの病気にかかれば何かを愛せる。でも何を?

・この病気にかかれば都市と共に強烈に生き、そして死ぬことができる。それが幸福かどうかはクエスチョン・マーク。


岡崎京子(漫画家)





("今野雄二 映画評論家/小説家 ゲイ、ハウス、アシッドを描いた新しい都市小説『きれいな病気』"の表題で、新潮社 雑誌"03 (ゼロサン) " 創刊第3号 - 1990年2月発行 - に掲載・巻頭特集は"ロンドン-90年代の音楽工場 The Future Legend of Music City"・表紙写真はNick Knight撮影によるネネ・チェリー)




オマケ; "岡崎京子 - ブレイキング・グラス"(雑誌 "FRAME" No.1 - 1990年7月発行- 掲載)


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2008年9月23日 (火)

山口小夜子 ( Sayoko Yamaguchi )

山口小夜子 ( Sayoko Yamaguchi )

インタビュー

"意図を排除して自分を無にすることから本質に触れる。"




資生堂TVコマーシャル一覧



山口 小夜子(やまぐち さよこ、 - 2007年8月14日)は、日本の、ファッションモデル、ファッション デザイナー。神奈川県横浜市出身。

杉野ドレスメーカー女学院卒業後にモデルとなり、高田賢三山本寛斎のショーで注目を集めた。72年 にパリ・コレにデビュー。以後パリおよびニューヨークプレタポルテコレクションに出演。73年資生堂 の専属モデルとなり、海外・国内ともに活躍し始める。77年にアメリカのニューズウィーク誌で「世界 の6人のトップモデル」に選ばれた。おかっぱ頭に切れ長の目の容姿で日本人モデルのブームを巻き起 こした。

女優としても、寺山修司演出「中国の不思議な役人」などに出演するなど演劇、映画、コンテンポラリ ーダンスに活動の場を広げた。衣装デザインも手がけた。

80年代に入るとダンスパフォーマンスの世界に進出。86年舞台「忘れな草」(演出・佐藤信)に出演。 88-96年「月の駅」「石の花」「NOIJECT」「HERE to HERE」など、勅使川原三郎ダンスカンパニーの数 々の作品に出演した。89年NHK音楽ファンタジー「カルメン」に主演。国際エミー賞公演芸術部門優秀 賞を受賞。勅使河原宏監督の映画「利休」に出演。95年三宅一生のパリコレクションに出演し、久しぶ りのパリコレ参加が話題となった。96年「NOIJECT」でアトランタオリンピック・アートフェスティバ ル部門の公演に参加。2001年には鈴木清順監督の映画「ピストルオペラ」、翌年に二階健監督の映画「 Soundtrack」に出演していた。

山口さんは1人暮らし。関係者によると、連絡を取れなくなっていたことを不審に思った親族が自宅を 訪ねたところ山口さんを発見。すぐに病院に運ばれたが、2007年8月14日に急性肺炎のため死去してい たことが確認され、同年8月20日付の各社報道となった。葬儀は親族だけで執り行なわれ、9月19日にお 別れの会が開かれた。

享年57歳(但し、所属事務所は年齢を公表していない。)。



参考動画 ; 寺山修司インタビュー

 

関連リンク
山口小夜子さん追悼インタビュー (婦人公論 2007年9月22日号)
山口小夜子インタビュー (LEE/1984年2月号)

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2008年9月14日 (日)

Patti Smith - "NY is the thing..."

Patti Smith - "NY is the thing..."


Patti on NY -


“New York is the thing that seduced me.
  New York is the thing that formed me.
  New York is the thing that deformed me.
  New York is the thing that perverted me.
  New York is the thing that converted me.
  And New York is the thing that I love too.”

  (from an interview on the BBC in 1971)


Dream of life (trailer)



関連記事 ; CBGB Remembrance - 1973-2006

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2008年9月12日 (金)

機関紙 / 情宣 / アジプロ

機関紙 / 情宣 / アジプロ

新左翼 各派 機関紙
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党派別 ;
共産同 ブント Flickr Picasa
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中核派 Flickr Picasa
革マル派 Flickr Picasa
ML派 Flickr
赤軍派 Flickr Picasa
構改派 Flickr
アナキスト Flickr Picasa
全共闘 Flickr Picasa
日共・民青 Picasa

日学同 (新右翼) Flickr


関連 雑誌 書籍
一覧を見る Flickr Picasaその1 Picasaその2
スライドで見る Flickr Picasaその1 Picasaその2



参考動画 ; 埴谷雄高 政治をめぐる断想
Yutaka Haniya -


参照LINK ;
各派の中央機関紙のタイトル
当時の各派のヘルメット
新左翼党派・全共闘機関紙・冊子( 明大全共闘・学館闘争・文連 より)
アジビラ( 明大全共闘・学館闘争・文連 より)
私的・ビラ保管庫( 1968年全共闘だった時代 より)
日大全共斗資料収集室( 日大闘争by日大全共闘 より)
日大闘争関連資料( 日本大学全学共闘会議農獣医学部闘争委員会 より)

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2008年8月12日 (火)

New Romantics

New Romantics


Only came outside to watch night fall with the rain
I heard you making patterns rhyme like
Some new romantic looking for the TV sound
I'll see you're right some other time love
Duran Duran - Planet Earth


A Fine Romance
documentary chronicling the rise and fall of the New Romantic movement of the early 1980s.(duration ; 50min)




Top Ten 80s New Romantics
documentary reminiscencing about top 10 influential artists of the New Romantic movement of the 1980s. (duration ; 75min)




ロンドン・クラブ・ファッションの変遷(長澤均)
 この10年、クラブがファッションに及ぼした影響は計り知れない。それはパンクが終わった70年代後半のニュー・ロマンティックスより始まった。そしてクラブ・ファッションがアシッド・エイジの洗礼を受ける80年代後半まで、さまざまなデザイナーがさまざまなアイデアをストリートに投げかけていった。これは音楽とクラブを繋ぐもうひとつの文化史だ。

『ハイ・ファッションとストリートの間』
 そもそも80年代の大きな潮流となるファッションは70年代半ばに、その端緒が形成されたものだ。いわずと知れたパンクからニューウェイブの流れである。
 まず、ある新しいスタイルはミュージック・シーンと連動してストリートで形成される。それはつねに、それ以前のモードへのアンチ・スタイルとして現れるが、広範な支持者を得るに従って服飾業界のシステムにのったモードへと変質してゆく。この過程でストリート・スタイルを加工し、モードの領域に移行させるデザイナーがいる。いわゆるインディーズ・ブランドと呼ばれる存在である。そしてハイ・ファッションの世界が、ストリート・スタイルをモードとして公認したとき、すでにそこにはストリートの荒々しさや生命力は跡形もない、というわけだ。

『クラブから生まれた「ニュー・ロマンティクス」』
 クラブとファッションの相互侵犯関係はパンク終熄後に始まった。その最初の大きなムーヴメントは78年頃に始まる「ニュー・ロマンティクス」である。パンクの"破壊"から一種の"創造"へと移行する時期に生まれたこのムーヴメントのスポークスマンとなったのはスティーヴ・ストレンジである。当時の人気ショップ[P・X]の店員であった彼が、元リッチ・キッズのドラマーでDJ、ラスティー・イーガンとソーホーにある[ビリーズ]を週一回借りて始めたクラブが、ポスト・パンクの最初の動きとなる。彼らはその後、コヴェント・ガーデンの[ブリッツ]に場所を移すが、ここにクリエイターやその卵、いわゆる"BLITZ KIDS"が集まり、まず「フューチャリスト」と呼ばれるモノトーン主体の未来派スタイルが生まれる。いうまでもなくクラフトワークに代表される、当時のテクノ・ミュージックの流行にインスパイアされたものだ。しかしこれも長くは続かず、80年代に入り、彼らが場所を[ヘル]に変えた頃から、今度は手の平を返したようにヴィクトリアン・ファッションが流行り始める。この復古スタイルはあっというまに[ラ・キルト]や[ビートルート]といったクラブに及び、さらにはスパンダー・バレーなどのミュージシャンをも巻き込み、ニュー・ロマンティックスという大きなムーブメントとなるのである。
 クラブから新しいファッションが生まれるという、80年代以降、特徴的になる傾向はここから始まったといってよい。この80年代初頭は、クラブやその周辺からインディペンデントのデザイナーが数多く生まれた時期でもあった。有名デザイナーのアシスタントをしたわけでもなく、むろんコレクションを開く資金もないデザイナーたち、しかし彼らがストリートとモードの世界の仲介役を果たしたことは確かである。
 そんなひとりにアンドリュー・ローガンがいる。アクセサリー・デザイナーであった彼は72年から「オルタナティヴ・ミス・ワールド」という催しを始める。これはミスコンのオルターナティヴ版という主旨で始まったが、実質的にはインディーズ・ファッション・ショーというべきものであった。[GOLD]のアースクェイクを思い浮かべてもらえばいいだろう。ごく内輪で始まったこの催しも81年には[オリンピア]のような大会場で催されるようになり、ロンドンのクラブ・ファッションに多大な影響を与えることになる。ちなみに75年、デビュー前のセックス・ピストルズが演奏したところのひとつに彼の家のパーティーがある。
 帽子デザイナーとして今や、世界的に有名になってしまったスティーヴン・ジョーンズもこの時期に登場したひとりだ。ニュー・ロマンティックス系のファッション・デザイナー、スティーヴン・リナードや無名時代のボーイ・ジョージと同じ通りのスクワットに住んでいた彼も、他のふたりと同様、有名になることでそこから抜け出たのである。
 80年代を通してクラブ・ファッションがどのように変遷したか。そこにはやはり馬鹿々々しいほど単純な法則が働いていたにすぎない。ミュージック・シーンと連動して生まれた流行がある飽和状態に達したとき、すでにそれを否定し、あるいはのりこえる次のスタイルが生まれているということだ。しかしそれも蛇の脱皮のようなもので本質はたいして変わりはしない。社会的制服=スーツに対するアンティパシーによってクラブ/ストリート・ファッションも別の社会的制服を形成しているだけのことである。ファッションというものが本質的に持つ、絶えざる"差異化"と"同質化"という二重構造は、ときに極端なまでにディテールの違いにこだわるかとおもえば、ときに極端なまでに他人と同じになるスタイルを生み出す。しかしそれこそがファッションなのだ。90年代もまた、この二重構造のきしみのなかで新しいユース・カルチャーが生まれるはずである。

クラブ・ミュージックの文化誌(1993年) より抜粋

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2008年7月 7日 (月)

Reich in Tokyo

Reich in Tokyo

"...In my generation we tore the wall down and now we are back to the normal situation,
for example if Brian Eno or David Bowie come to me,
and if popular musicians remix my music like The Orb or DJ Spooky it is a good thing.
This is a natural normal regular historical way. " — From an Interview with Jakob Buhre

Steve Reich live at Tokyo Opera City's Composium 2008

It was the culminating event in Composium 2008, a several day affair at Tokyo Opera City
featuring works by Reich, including the Japanese premiere of Daniel Variations and
a performance of Music for 18 Musicians with the composer as guest artist.



live at Takemitsu Memorial in Tokyo Opera City Concert Hall
(20080521)
"Daniel Variations"
"Music for 18 Musicians"

live recording at NHK 101 Studio
(20080225)
"Different Trains"


SteveReich.com (Official Website)

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2007年5月21日 (月)

街の女性の服と色と

街の女性の服と色と

NHK短編映画「街の女性の服と色と」(1960制作・18分)

街を彩る女性の服を色の視点からとらえた番組。衣類や小物に使われる色、その年の流行色はどうしてできていくのか?年齢や職業の観点からも好みが左右される色の科学を昭和時代の風俗とともに紹介する。


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2007年5月19日 (土)

Ian Curtis : from him to eternity (or Cannes)

Ian Curtis : from him to eternity (or Cannes)



CONTROL - IAN CURTIS -


Control, Ian Curtis, BBC Newsnight Review


from BBC article
A British film about the life and death of Joy Division singer Ian Curtis, starring a first-time actor, has earned a rapturous reception in Cannes.

from Guardian article
Control, Anton Corbijn's movie about Joy Division, is the buzziest film of the festival so far, at least among the British contingent.

from Telegraph article
Critics have described his portrayal of troubled singer Ian Curtis, who committed suicide on the eve of the band's first American tour, as "spectacular" and "outstanding".
Yesterday it received a standing ovation at its premiere on the Croisette. Even surviving members of the group were impressed.
Peter Hook, the bass player with Joy Division and New Order which evolved from it, said: "He really caught the essence of Ian's character. It was like hearing Ian. It sent shivers down my spine."
Their biggest hit was Love Will Tear Us Apart. His illness and tangled love life as well as the increasing responsibilities of the band led to him being unable to cope with the world. He hanged himself in his home exactly 27 years ago today(17th May 1980), aged 23.

from Billboard article
Shot in stark black-and-white and set in gritty, unglamorous 1970s England, it re-creates the life of a singer who died unhappy and almost unknown but has secured a place in rock mythology.

The part came out of the blue for Riley, 27, who abandoned an acting career to take an unsuccessful shot at fame with his band 10,000 Things. When Riley heard about auditions for the film, "I was working in a warehouse in Leeds, folding shirts."

Netherlands-born Corbijn, who turns 52 on Sunday, photographed Joy Division for British music magazines and went on to design album covers for Depeche Mode and U2. When he moved to Britain in 1979, Corbijn said he was shocked by the country's austerity and poverty. "A lot of bands I met, including Joy Division, were kind of underdressed -- a thin coat on, smoking and shivering in the cold," he said. "When I met Sam, it was also in the winter and he was totally the same."

Pale and big-eyed, Riley resembles Curtis -- but more importantly, said Corbijn, he "had an innocence and a freshness that I was hoping for but never thought I would find."

"My whole memory of that period is black and white," Corbijn said. "There is basically no color photography of that band around. So it felt very proper to the project."

Interview with Anton Corjbin about the movie CONTROL

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2007年4月29日 (日)

CBGB Remembrance - 1973-2006

CBGB Remembrance - 1973-2006

"...my favourite memory was the first time i saw Television play,
and i saw Tom Verlaine who i thought was,ahhh...,
just about the most beautiful fella i'd ever seen and,ahhh...,
it was a sunday as well,it was easter sunday 1974,
and i ahhh..., i saw Tom Verlaine,and we've been friends ever since."

- Patti Smith comments on Tom Verlaine

CBGB Remembrance 1973-2006





Patti Smith is featured in upcomin' documentary film called
"Black White + Gray" which refers to the symbiotic relationship
Sam Wagstaff(influential art curator and collector) shared with
photographer Robert Mapplethorpe in New York
during the heady years of the 1970s and 1980s.

in this film,Patti reciting a short poem of hers
in an interview on the BBC in 1971;
“New York is the thing that seduced me.
  New York is the thing that formed me.
  New York is the thing that deformed me.
  New York is the thing that perverted me.
  New York is the thing that converted me.
  And New York is the thing that I love too.”

read more on NYT article

Black White + Gray: A Portrait Of Sam Wagstaff And Robert Mapplethorpe


Black White + Gray review by Vince Aletti on The NEW YORKER mag.


Patti Smith at Bowery Ballroom, 4/24/07

some related Links for CBGB;

CBGB(official)
CBGB(Wikipedia)
CBGB(YouTube)
Patti Smith - CBGB The Last Show
Patti Smith(MySpace)
Patti Smith(YouTube)
Television(MySpace)
Richard Hell(official)
Ramones(official)
Blondie(official)
Talking Heads(official)
John Cale(official)
Lenny Kaye(MySpace)


関連記事 ; Patti Smith - "NY is the thing..."

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2007年3月 1日 (木)

永島慎二

永島慎二

永島 慎二(ながしま しんじ、1937年7月8日 - 2005年6月10日)は、日本の漫画家。本名は永島 慎一(ながしま しんいち)。東京都出身。

1961年に発表した作品『漫画家残酷物語』は、漫画業界の裏側に迫った作品で、永島の出世作となった。『COM』や『ガロ』などに数々の作品を発表し、独特の画風で“青年漫画の教祖”と呼ばれるようになった。

黄色い涙
この作品は現在日本を代表する監督の一人である犬童一心監督が、中学生の頃にNHK銀河テレビ小説を見て後の人生に影響を受けることになった作品「黄色い涙」を、ずっと映画化したいと思い続け、念願が叶い2006年遂に実現した。


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